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お知らせ

お知らせ

2022.08.26
9月のハガキ1枚分のメッセージ
マタイによる福音書27章42節

「神の子なら、自分を救ってみろ。そして十字架から降りて来い。」

イエス・キリストと言う方は十字架刑にかけられました。その時大勢の群衆が見ていました。見ていた人たちの中で「神の子なら、自分を救ってみろ。そして十字架から降りて来い。」と言う声が上がりました。同時にその時、「他人は救ったのに、自分は救えない。今すぐ十字架から降りるがいい。そうすれば、信じてやろう。」というののしりの声も上がりました。この声の中に、私たちが考える神、また期待する神がとても良く表されています。危機から救って下さる方が神なのです。ですから困ったとき、困難のとき、私たちは神にお願いしたくなります。逆に言うと、私たちは困ったときや困難のときしか神のことを考えないのです。私たちにとっての神とはそのような方なので、イエス・キリストが神の子であるなら、十字架と言う、命の最大の危機から「自分を救ってみろ」というわけです。しかしイエス・キリストはまことの神の子であるからこそ、自分を救うのではなく、人々を救うために十字架から降りなかったのです。十字架から降りてしまったら、私たちの罪を代わって担うことにはなりませんでした。代わって担って下さったので、私たちは神さまからの赦しを得ることができ、私たちが欲する以上の危機からの救いを与えられているのです。
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